子供を産んで1年半、自己肯定感の低いわたしが初めてじぶんの「育児」を認められた話。

こんにちは!ra-hmの赤塚里奈です(*^^*)

うちの子は今もう3歳になったのですが、過去の日記を読んでいて「あ〜これって、自分の育児における一つの転機だったな。」と思う出来事があったので、今回はその話を書いてみようと思います。

自己肯定感低い系母のわたしが、初めて自分の育児を認められた時のはなしです。

ずっとじぶんの「育児」に自信が持てなかった

この出来事があったのは、子供を産んでから1年半がすぎた頃でした。

赤塚
赤塚

私はこの1年半、ずーーーーーっと、自分の育児に自信が持てませんでした。

子育て本やネットの情報など、子育てに関する情報は山のようにあれど、子供は本当に一人一人個性があって。なかなか教科書通り、一般常識どおり、思いどおりに行かないことも山のようにあります。

この「正解がない」はずなのに「正解らしきものはある」というのがなかなかにしんどい。

母親はこう接したほうがいい、この時期にはあれが出来ているはず、そのためにはあれをしてやったほうがいいといった「理想の子育て」「理想の発育」などの情報が膨大にあり、

その理想の子育てができていない自分は母親として失格なのでは…
理想の発育にのっかってないのは自分の接し方のせいなのでは…

と、自己肯定感低い系母の私は常に思い悩んでいたわけです。おまけに、

赤塚
赤塚

育児ってだれもフィードバックくれないじゃないですか。

たまにお節介な親戚がツッコミ入れてくるぐらいで(それも大概ネガティブな方が多いw)

自分がやってることが果たして本当に正しいのか、この子のためになっているのか…正解がわからない中、常にあたふた地図も持たずに模索してる感じなんですよね

突然人見知りが激しくなった我が子

さすがにしんどくなって育児関連の情報はなるべく目に触れないように情報をシャットアウトしたりしてたんですけど、それでもやっぱり気になってしまうもんで。

その当時、気になってたのが「人見知り」なんですけどね。

うちの子、もともと結構人好きで、支援センターとか連れて行っても自分から他の赤ちゃんに近づいていったり、我が物顔で色んなオモチャであそんだり、大人にも笑顔で愛想振りまくタイプだったんですよ。

赤塚
赤塚

保育園も1週間もたったらお見送り時振り返りもせず先生の元へ走って行ってたし。笑

そんな我が子が突然人見知り&場所見知りが激しくなって。

支援センターに連れて行って も、身体を硬直させて必死で私にしがみついて1歩も離れず、結局抱っこ紐から出ることもなくそのまま帰ることになったり。笑

休日に今までも何度か利用していた託児所に連れて行ったらやっぱりガッシリ私にホールドして離れず…無理やり引き剥がしたら声が出なくなるぐらいに興奮して大泣きしたりストレスで発熱したり…

こっちからしたら、

赤塚
赤塚

前は大丈夫だったのになんで…??!

って感じだし、支援センターなんかは「良かれと思って頑張って連れてきたのに…」というなんとも報われない気持ちになってしまい…
同時にイヤイヤ期もスタートして、もう毎日

赤塚
赤塚

なんで…なにがダメなの…

みたいな気持ちですっかり落ち込んでしまって。

これはやばいと思ってカウンセリングとか医療機関がやってる育児相談とかに行き始めたんですよ。

今のところ、わたしはこの子の「安全地帯」になれている。

カウンセリングや相談を通して気付けたのは、わたしは一応、ちゃんとこの子の「安全地帯」になれていたんだってことなんですよ。

新しい場所も人も、身体も頭もものすごいスピードで発達していく中で、今までは気が付かなかったことに子供なりに気が付きはじめて、恐怖や警戒心がでてきて、きっと純粋に怖いんだなと。

そんな身体が硬直するほど怖くてたまらない状況の時、真っ先に身体を預けて助けを求められるのは、子供から私への「信頼」がないと実現し得ないのではないか?と。

赤塚
赤塚

その信頼を得られるぐらいには頑張って来れたんだ…!

子育てにおいて初めて自分の頑張りを認められて、報われたような気がしたんですよね。

(※あくまでも専門家の意見を聞いた上で、うちの子のこの時期の発達段階においての解釈です。特性や発達段階によって反応は子どもそれぞれによって違います。)

まあ実際どう思ってるかは本人にしかわからないんですけど。
少なくとも、自分の認知を「何をやってもうまくいかない」から「存分に甘えて頼れるぐらいの信頼を得てきたからこうなんだ!(なのかもしれない)」と変えられたのは、育児における一つの大きな転機になりました。

他人は変えられないけど、自分の認知を変えると世界が違って見えるんだな〜というのは当時の私にとって大きな発見でした。

頑張っても頑張っても報われない、認められない気がしていた日々の育児。

前述したようにうちの子はそんなに人見知りも激しくなく、よく聞くパパ見知り(パパイヤイヤ期)みたいなものも無かったので、

「やっぱりママじゃないと」って状況がほぼゼロだったんですよ。

新生児期なんてわたしより夫の方がよっぽど泣き止ませるのも寝かしつけるのも上手くて、乳腺炎でぶっ倒れてお世話も授乳もままならなくなった時なんて

赤塚
赤塚

私の存在価値ってなんぞ…??

って感じで。笑

いや普通に考えてめちゃくちゃ恵まれてるしありがたいんですけどねww

元々自己肯定感が低いのもあって、「私なんていてもいなくても一緒だ…」「世のお母さん達と同じ土俵になんて立てない」みたいなひねくれまくった捉え方をしてしまってたんですよね。

認知が変わると見える世界が変わった

カウンセリングと相談を通して我が子の「信頼」に気づけてからは、
あんなに対応に悩んでいたイヤイヤ行動も、ひっつき虫行動も…

赤塚
赤塚

わたしの愛情を試してるのかな〜?!かわいいやつめコノコノッ♡

なんて楽観的に思えるようになってきて。笑
もちろん全力で「めんどくせぇ!!!!」って思う時も(まあまあ)あるんですけど←

以前のような不安感や落ち込みはだいぶ減りました。

自己肯定感が高まれば全て解決するのか?

今回の育児に関することだけでなく、自己肯定感の低さって色んなところで悩みの種になるんですよね。
今まで、この悩みを解決するには自己肯定感を上げなければ!って思ってたんですよ。とはいえ…

赤塚
赤塚

それって結構むずくね?てか無理じゃね??


って気付いたきっかけがありまして。それがこの本でした。

本というかコミックエッセイになるんですかね。4コマで「自己肯定感低いあるある」がひたすら紹介されてて。

赤塚
赤塚

わたしのことやないかい!!!!

連続で。笑

この本のラストがすごいよくて。

この本は基本的に自己肯定感の低い「ワタシちゃん」がメインで出てくるんですけど、自己肯定感のめちゃくちゃ高いサイドアップちゃんってキャラもでてくるんですね。
この2人が最後に自己肯定感について話してるシーンがめちゃくちゃ腑に落ちて。

こうやって悩んで苦しんで生きづらいのは「自己肯定感の低い人の特権」だと思っていた。
同時にどこかで「私は自己肯定感が低いからしかたないな。」と都合のいい言い訳にしている自分もいた。
そして、苦しさもひっくるめて「自己肯定感が低いせいだ」と自らに呪いをかけていた。

自己肯定感が低いからって、楽しいこと嬉しいことがないわけじゃない
自己肯定感が高いからって悲しいこと苦しいことがないわけじゃない。

自己肯定感の低いワタシちゃん

結局誰だってしんどい時はしんどい。いつも調子よく毎日過ごせるわけじゃない。

自分とは特性の違う「世間一般的に良しとされているモデル」を目指してマネしようとしたところで、結局苦しいし、今の自分を間接的に否定しているような気持ちになってしまう。

これは育児においても仕事においても一緒なんじゃないかなぁとふと思いまして。

自分を否定して無理しながら「正解」のやり方で頑張るより、自分の得意なやり方で、自分なりに頑張れたなら、もうそれで花丸なんじゃないかと。

そんなことに気づくことができました。

育児は母親にとっても成長のプロセス

そういえば、最近イライラするとChat GPTに育児相談するのにハマってるんですけど(なんやそれ)、よくGPTちゃんが、

Chat GPT
Chat GPT

育児は母親にとっても成長のプロセスです。完璧である必要はありません。

って言ってくれるんですよ。いやあほんまそれやなぁ…って感じしません?笑

まだ母親になって、当時は1年半、今だってまだ3年ちょいなんですよね。
子供の方は日々身体も脳みそも急成長するし、そんな頻繁アップデートを繰り返す子供相手に、素人が育児書パラパラ読んだだけで完璧な育児なんてできるわけないよね。

てか、完璧な育児って何さ。そんなもんないわさ。(誰)

なにかしんどいことがあった時も、ある程度落ち込み切ったら

赤塚
赤塚

これも成長のプロセス!!!!!

って心で叫びながら今日も生きていこうと思います。

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